私は誰?私はどこに行くの?
精神世界系では一度は絶対に聞いただろう言葉だが。

自分が今、この世界に確かに存在している。ということはわかるだろう。

そして、何でか知らないが…

おそらく自分が望んでこの3次元世界に今いるのだろうと思う。

だからこの世界に来た本意としては、この世界だからこそ体験できることを思いのまま体験すべきなのだと思う。

この肉体を持ってこそできること。
この地球にいるからこそできること。

さっき自転車を一生懸命漕いでいた。
坂道を登っていたので、足の股の筋肉が堪えている。ハァ〜ハァ〜… 荒くなる呼吸。
心の中では、この世界にいるからこの体験ができるんだなぁなんて思ったらちょっと楽しくなった。

ひとつ何かに主眼を決めるだけで意識が変わってくる。

この世界で体験できることは積極的にしてみればいい。
貨幣経済だってこの世界にしかないはずだ。
その豊かさを満喫したっていい。

以前はひがみ根性からか、活き活きはつらつとしていて仕事にも意欲的、豊かな生活をしスポーツにレジャーにとにかく楽しむ、そういう人たちを目の当たりにすると「いけすかない奴!」と嫌悪感を持っていた。

どこかで清貧を信じていた。
貧しいながらも頑張って苦労に苦労を重ねてそれでこそ魂が磨かれる。

でも、それら人たちへの嫌悪感や清貧を信じたフリをすることが、自分自身の自信のなさや、劣等感に目を向けないようにするための隠れ蓑になっていたんだなぁと気がついた。

こうして自ら自分自身のパワーを制限し、また失わせていたのだったことにも気づいた。

「せっかくこの3次元世界に在るからこそ体験できる!」
っていうのは
この世界を楽しめる指針だったりするのかなぁ。どうだろう。

考えてみれば日常でもよくあること。
旅行なんかに行って、せっかくここまで来たんだから、ここ(この地)でしか体験できないことを体験してみよう!とかね。

ふてくされて過ごすのも、楽しんで過ごすのも結果は自分次第なんだよね。